2011年12月22日

上田馬之助

昨日、昭和プロレスの大悪党・上田馬之助が亡くなった。

ずいぶんと長い間車椅子、寝たきりという生活だったということは知っていた。

プロレス団体のリングを運ぶトラックに乗っていて高速道路で事故。

それ以来そういう生活だった。

僕が最後に馬之助の試合を観たのは24、25歳の頃だったか。

当時はNOWという小さな小さな団体でタイガー・ジェット・シンと組んで若手を相手に大暴れしていた頃だった。

レスラー人生としては斜陽だったことはいわずもがなだが二人が肩を組んで入場するだけで入場料金を払った価値があった。

事故はその後間もなく起きた。

車に乗っていた若手レスラーはその時に亡くなったのだが話しに聞くと「有望な若いヤツが死んで俺が生き残った、逆ならよかったのに」と自分だけ生き残ったことを悔やんでいたという。

よく会場でサインを求める子供を追い払っていたようだが、その実、練習生に色紙を取りにいかせてはせっせとサインを書いて渡させていたというエピソードも。

イイ人なんだよね。


プロレスを見始めた子供の頃からすでに大ヒール。

猪木や馬場の反対側にいる人だったからいつも相手を光らせている役回りだった。

僕がシビレたのはこの試合。マニアならうなずいてもらえる試合だと思う。



新日本vsUWFの5vs5イリミネーションマッチでのこと。(6分半くらいからが馬之助の名シーン)

当時はイケイケだった前田の蹴りをノーガードで受けまくり、最後にはその蹴りをキャッチして自分もろとも場外に心中。

ここでこの試合の勝負はあった。

自分を捨てて猪木を光らせ自軍を勝利に導く。

ただの悪党だと思っていたのに。

馬之助強えぇぇ。あの姿に高校生だった僕は馬之助を見直した。


数年前までたまに雑誌のインタビューにも応えていたのでその都度元気なんだなと思っていた。

残念でならない。


昭和の名プロレスラー、上田馬之助選手のご冥福をお祈り致します。
東急東横線 自由が丘 整体院 K-style パーソナル加圧スタジオ K-style


posted by コトー at 23:54| Comment(0) | PRO-WRESTLING !! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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